このページは 専門家の判断をソフトウェアに載せる エキスパートシステムの歴史を、できるだけやさしい言葉でまとめたノートです。ルールベースモデル全体の史 より範囲を狭くし、知識ベース+推論エンジンという製品・研究の系譜に焦点を当てています。
黎明期(1960〜1970 年代)
初期の代表例として DENDRAL(分子構造の推定など)がよく挙げられます。知識が推論より主役である、というメッセージがここで強調されました。医療では MYCIN(感染症の薬剤助言など)が象徴的で、不確実性を数値で扱う工夫も話題になりました。
全盛と知識工学(1980 年代)
Edward Feigenbaum らが推進した 知識工学 は、「推索の一般理論より、ドメイン知識を詰めることが先」という立場を社会に広めました。保守・設定の専門システムとして XCON(当時 DEC)のような大規模事例も報告され、エキスパートシステムブームの象徴になりました。
限界と「冬」の手前
知識獲得ボトルネック(専門家からルールを引き出すコスト)、ルールの増加に伴う保守地獄、期待の過大広告などが重なり、ブームは収束していきます。これはルールベース AI 全体の 期待調整の一部でもありました。
実装としての系譜
シェルとして CLIPS(clips.md)、エンタープライズでは Drools(drools.md)のような系譜が続きます。目的は「専門家の頭の中だけにあった判断を、検証可能な資産にする」点で共通しています。
いまの位置づけ
「すべてをエキスパートシステムで」ではありませんが、診断支援・与信・トラブルシューティング・規程チェックなど、説明可能性と統制が必要な場面では、同じ構造(知識+推論)が使われ続けています。